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【ある でし の いちにち】

「おきなさい いきますよ」
 まだたいようもみえない まっくらなあさ
 せんせいのこえにせかされておきる
「どこにいくんですか こんなじかんに」
「はなしているひまはありません さぁ」
 おれのしらないあいだにじゅんびはぜんぶおわっていた
 ふたりぶんのにもつ
 おれのせなかにひとつをせおわせて
 もうひとつはせんせいのてに
 ふたりのかたては たがいのてをにぎって
 おれたちはとつぜんのたびにでた

 ↓

「どこまでいくんですか」
「となりのくにへ」
「どうして」
「しゃべっているひまがあるなら あるきなさい」
 いつもじょうぜつなはずのせんせいがしつもんをゆるさない
 それは きいちゃいけない ということ
 あさやけがひろがるなかをふたりであるく
 せんせいのゆびがつめたかった
 ぎゅっとにぎってあたためようとした
「つめたいゆびですね」
 そういわれて
 おれははじめて じぶんのほうがずっと おびえていたことにきづいた
 これからどうなるんだろう
 おれたちは どうなっちゃうんだろう

 ↓

 せんそうがはじまったのは いちねんまえのこと
 せんせいはなんどもおしろによばれて
 でも いちどもおうじたりしなかった
 せんせいはせんそうがきらいだった
 せんせいはせんそうがしたくなかった
 せんせいはだれよりもじょうずにせんそうができるのに
 せんせいはだれよりもせんそうがきらいだった

 ↓

 ふいに せんせいのあしが とまった
「……せんせい?」
「しずかに」
 ぎゅっと
 だきしめられて おれは だまる
 うまのひづめのおとがした

 だれかくる

「……」

 いきをひそめて じっとうごかずに
 みつからないように もりのなかにまぎれて
 せんせいのうでがふるえている
 せんせいもこわいんだ おれだけじゃない
 おれがせんせいをまもらなくちゃ
「……ぁ」
 せんせいのめが だれかを みつけた

 ↓

「にげなさい」
 つきとばされて
 つぎのしゅんかん いやなおとがみみにとどいた
「にげなさい!」
 ちのにおいがして あかいいろがみえた
「せんせい!」
「わたしはだいじょうぶ だから いくのです」
 とんできた ゆみのやが おれのほおをかすめる
 おれは なんだかきゅうにこわくなって かけだした
 せんせいが すこし わらったきがした
 きのせいだったかもしれない
 おれは はしった
 せんせいをおきざりにして どこまでもはしった

 ↓

 はしって
 はしって はしって
 はしって はしって はしって はしって

 ↓

 たちどまったら
 なけてきた

 ↓

 せんせい
 おれは はくじょうなでしです
 せんせい
 おれは せんせいをおいて にげました
 せんせい
 おれは しぬのがいやでした
 せんせい せんせい せんせい
 どうか

 どうか ぶじでいて

 ↓

 ひるがきて よるがきて
 くやしくて くやしくて もうしわけなくて
 たまらないのに おなかはすくんです
 せんせいがもたせてくれた にもつのなかのおべんとう
 なきながらたべる
 
 おれはまだ こどもだった

 ある じゅっさいの でしの いちにち

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【ある せんせいの いちにち】

 あさやけがおわって ひるのたいようがまぶしくなるころ
 そのおとこは ひょうじょうもなく わたしをみおろしていた
 やをうけてちをながし たちあがることもできないわたしを
「おひさしぶりですね」
「ぶざまだな」
 へんじになっていない とおもったけれど わたしはなにもいわなかった
 わたしたちはそんななかじゃない
「わらいにきたんですか」
「むかえにきた」
「そのさそいは なんどもおことわりしたはずだ」
「ことわるけんりなど おまえにはない」
 いいかえしてやろうとして けっきょく やめる
 なにをいっても このおとこにはむだだろう
 そんなことはわかっている いや わかっていた ずっとむかしから

 ↓

 わたしとそのおとこは むかし おなじばしょでまなんだ
 わたしとそのおとこは たがいにてんさいとよばれてそだった
 かれには てんさいてきな しはいりょくが
 わたしは てんさいてきな せんりゃくのぎじゅつが あった
 かれは わたしをもとめたが
 わたしは かれをおそれた
 かれのやぼうをおそれた

 わたしは ただ へいわがほしかった

 ↓

「せかいをてにいれようなんて そんなばかなことをまだ きみはのぞむのか」
「このせかいをてにいれたら おまえののぞむじだいもこよう」
「ぎせいのうえにきずかれたへいわなんて わたしはほしくない」
「ぎせいなしでてにはいるものが どこにある」
 きみとはわかりあえないよ
 そんなことはしっていたはずだろう
 どうしてきみは わたしをこまらせるんだ
 ずっと ずっとながいこと わたしはきみからにげつづけてきたというのに
「いっそ ここで ころしてくれ」

 ↓

 きみが はじめて かおをゆがめた

 ↓

「しにたいのか」
「きみのために いかされる くらいなら」
 それをどちらのいみにとったのだろう
 きみはわたしのむなぐらをつかみあげて ひくくわらう
「おれのためにしぬおまえは だれのためならいきるのだろうな」
「……それはどういういみですか」
「おまえがしんだらどうなるか というはなしだ」
「まさか」
 ふるえるゆびをもちあげて かれのむねをつかみかえした
 やをうけたかたが いたむ
 でも そんなことにかまっているばあいじゃない
「まさか」

 ↓

「まだなにもしてない」
 かれはわらって わたしをつきはなした
 じめんにたおれながらも わたしはかれをにらみつける
「かれにてをだしたら きみをころします」
「そんなに あのこどもがだいじか」
「きみをころします」
「しんでしまえば おれをころすこともできまい」
 ちくしょう
 きたないことばをはきすてて わたしははじめて このおとこを にくむ
 あのこをたいせつにおもうきもちと おなじつよさで
 かれをこころから にくいとおもう

 ↓

「いますぐ ここで しんでしまえ」
「ころせ よりは ましなことばだな」
 こいつは
 こいつは こいつはほんとうに どうしようもなく どうして
 どうしてそのくちで

 わたしをあいしているなんていえるのか

 ↓

 いまは このくにのしはいしゃをなのる ひとりのおとこ
 おとこのうでにだきあげられて もう さからうこともできない
 ほんとうはこんなことはのぞんでいなかった
 ある いかされてしまった せんせいの いちにち

□ 2 / 185-188 □
【ある でしの いちにち 2】

「おい てめぇ いつまでねてやがる」
 げしっ
 ちからいっぱいふみつけられて おれはげほりとむせる
 とびおきると えらそうにふんぞりかえって あいぼうがいた
「やぬしよりだみんをむさぼるたぁ ふてぇやろうだ
 さっさとおきて あさめしつくれ」
「おれだってやちんはらってるだろ」
「さいしょにこのいえ かりたのはおれだ」
 しょゆうけんはおれにある
 とうぜんのようにしゅちょうする
 いいあらそってもしかたないから おれはしかたなく だいどころにたった

 ↓

「たまねぎはいれるなよ たまごはかたゆで みそしるはしじみで」
 じぶんじゃなにもしないくせに ちゅうもんだけはおおい
 さんねんまえのあのひ
 もりのなかでなきじゃくっていたおれをひろってくれたのは こんなおとこだった
 しょくぎょう いしゃ とりあえずやぶじゃない
 このひとも せんせい
 でもおれは「あいぼう」とよぶ
 おれのせんせいはひとりだけ

 ↓

「しかし でかくなったな」
「もうじゅうさんだからね」
「はやかったな」
「ながかっただろ」
 ゆでたまごとみそしるをおかずにかんたんなしょくじ
 つつきながらはなす たわいないはなし
「また いくさがはじまるらしい」
「こんどはどこと?」
「まわりのちいさいくには ぜんぶつぶしちまったからな
 こんどはもっと でかいくににけんかをうるつもりだろう」
「くだらないね」
「くだらねぇな」

 ↓

 あれからしばらくして せんせいがおしろにつれていかれたことをしった
 それからいままで せんせいはおうさまのためにはたらいている
 せんせいのだいきらいだった いくさにいくさをかさねて
 このくにのりょうちをひろげ すこしやすんだら またいくさ
 じょうかまちにも けがにんばかりがふえて あいぼうはいそがしい
 おれは
 せんせいがちゃんとねむれているか それだけが しんぱい

 ↓

「いしゃがたりていないらしい」
 ふいに あいぼうが そういった
「ふぅん」
 ぼんやりしていたおれは きのないへんじ
「しろにあがることになるかもしれねぇ」
 なにげなく かれがいう
「ふぅん」
 もういちどへんじ それから あれ?とくびをかしげて
 おれはがばっとかおをあげた
「……いま なんだって?」
 あいぼうはにがわらいして たばこをふかす
 いつもなら しょくじちゅうはやめろとどなるところだったが いまはそれどころじゃない
「あんたが? しろに? まさか」
「まさかもとさかもねぇよ」
「うそだ」
「こんなうそ ついてどうする」
 
 ↓
 
 ことばをうしなったおれを あいぼうはじっとみつめていた
 つまり それは そうなんだ
 おれはせんせいにあえるかもしれないってこと
 だけど それは どうじに
 おれはいまのせんせいを しらなくちゃいけないってこと

 ↓

「くるのかよ」
 ひとこと きかれた
「ほんとうにいいのかよ」
 のどが からからにかわいた
「なぁ かんがえてみろよ
 さんねんだぞ さんねんたってるんだ
 てめぇのせんせいとやらはそのさんねんかん いくさまみれでいきてきたんだ
 そのおとこのたてたさくせんで そのおとこのはっしためいれいで
 たくさんのにんげんがしんだんだ
 それでもてめぇはあいにいけるのか てめぇだったらあえるのか」

 ↓

 こたえられなかった とうぜんだった
 こわい こわい くるしい
 でも
 さいごにえらぶこたえなら さいしょからきまっている

 ↓
 
「あいたい」

 ↓

 つれていってやるよ
 ためいきまじりに あいぼうがいった
 ほんとうは つれていきたくなんかなかったってこと おれにだってわかったけど
 それでもかんしゃする
 もうこうかいはしたくない ある でしの ながいいちにちのはじまり

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【ある○○のいちにち】in 801 since 2004/5/15