+ ある きゅうけつき と ひろいご の いちにち +

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□ 1.5 / 387-388 □
【あるきゅうけつきのいちにち】

わたしはきゅうけつきだ。これでもせんねんいじょういきているが、
まいやまいやおんなにはふじゆうしない。さあきょうもよるのまちへ。

よるなのにまぶしいまちにがまんしながらなじみのばーへいそぐ。
そのとちゅう、びんかんなちょうかくがふしぎなおとをひろった。
おもわずたちどまってみみをすます。
……どうぶつのなきごえのような…………いや、このこえは、
あかんぼうのなきごえだ。

すぐよこにのびるうすぐらいうらどおり。
あかんぼうのなきごえはそこからきこえてくるようだ。
きゅうけつきのめにうすやみはここちよい。すぐにあしをふみいれた。

あかんぼうは、ごみすてばにうもれてないていた。
ないているのはねこにひっかかれてしまったから。
ひどいきずだ、ちいさなてくびからこぼれるどくどくとおいしそうなあか。

のどもかわいたし、こいつのちをすってやろうか。
いや、どうせすうならわかくてきれいなおんなのち。
あかんぼうのはなまぐさくていけないのだ。
けどこのままほうちするのもきがひける。
ほうっておけばだれかにひろわれる、というこううんをわけてやるよゆうを
このまちはもっていない。

きゅうけつきはごみすてばのまえでうんうんなやんでかんがえた。
そのかんのらいぬがいっぴき、のらねこがにひき、ねずみがさんびきやって
きたがおいはらった。

……おいなんてことだ、なんだかあついとおもったらもうそろそろよあけじゃないか。
かんがえるまもなくきゅうけつきはあわててあかごをだきかかえた。
てくびのきずはちゆのうりょくのあるきゅうけつきのだえきをたらして
ふさいでやる。それでもそこにはいたいたしいあとがのこった。
↓ きずがなおってあんしんしたのか、あかんぼうはきゅうけつきのうでのなか
ですやすやとねいきをたてはじめた。きゅうけつきはためいきついて、
よあけまえのおおどおりをはしりだす。

ようやくわがやにたどりついた。じこくはぎりぎりもうよあけ。
すぐさまかんおけべっどにもぐりこんだきゅうけつきは、すこしかんがえて
あかんぼうといっしょにはいりなおした。まっくらやみのなかで、
あかんぼうのやわらかなにおいがきゅうけつきをなぜかやさしいきもちにさせた。

じこくはようやくようこうさすころあい。
ひとりのきゅうけつきとすてられたおとこのことの、
きみょうなどうきょせいかつのはじまり。

□ 1.5 / 391-392 □
【あるきゅうけつきのとそのひろいごのいちにち】

きゅうけつきのくせにあかんぼうなどひろってしまった。こんなことはせん
ねんいじょういきてきてはじめてだ。ひろったからにはそだてなければなら
ないだろう。てはじめになまえをつけた。わたしのなんこめかのなまえの
『ゆうや』をひともじかえて『ゆうき』。

みるく? おしめ? すきんしっぷ? いくじしょかたてにこそだてふんとう。
そのかいあってゆうきようやくようちえんへあがるとし。しかしわたしは
きゅうけつきだからほいくえんへあずけねば。

あさ、よのあけるかあけないかのぎりぎりなじかんにほいくえんへとでむく。
ほぼにこどもをあずけてそれからねむる。ひがおちてめざめたらむかえ
にいく。ふしぜんきわまりないが、まあしかたがないだろう。

たくわえはやまほどある。おおむかしであったふごうのおくがたがなくなっ
たとき、そのざいさんをまるまるもらった。さあひはかんぜんにくれた、
あいつをむかえにいくじかんだ。

あいつはいつもひとりきりであそんでいる。あいつがともだちとあそんでい
るところなどみたことがない。そのときわたしはゆめのなかだから。
じつにおいしそうなほぼさんにいつもすみませんとあやまって、
ゆうきのてをひきいえじについた。

「ねえ、ゆうやはおとうさんじゃないの?」
「……何でだ?」
「だって、みかちゃんがいってた。ゆうきくんのおとうさんみたことないって」
「こんなじかんにしかでてこられないからな」
「……ゆうやはぼくのおとうさんなの? ちがうの?」

わたしはすこしだまってあるいた。
ゆうきがはじめてしゃべったことばは『ぱぱ』だった。とくにしゅちょう
したおぼえもないのに。
ことばをおぼえたのち、わたしはじぶんのことはゆうやとよびなさいとおしえた。
こたえはかんたん。
わたしはきゅうけつきで、ゆうきはごみすてばでひろったあかんぼうだからだ。

わたしはゆうきのおとうさんじゃない。

そう、ちいさなこえでつげた。どういうわけかこえがふるえそうになった。
それをきいたゆうきはわたしのてをふりはらい、ひとりでさきにはしっていった。

おもわずあとをおいかけようとしてふみとどまる。

きょぜつしたのはわたしだ。

だいじょうぶ、しゅういにゆうきをおびやかすおともけはいもしない。
わたしはしずかに、つきのてらすみちをひとりですすんだ。

だまりこくったゆうしょくをおえ、だまりこくってふろにはいる。
いつもはわたしのかんおけべっどでねるはずなのに、きょうはひとりそふぁ
でふてねをはじめた。
わたしはもうふをそのちいさなからだにかけてやる。だれもはいっていない
かんおけべっどがなんだかむやみにうつろにみえた。

よいやみでねいきをたてるひろいごながめ、とうにわすれたかぞくのきおく
をさがそうとするきゅうけつきのよるはまだながい。

□ 1.5 / 440-441 □
【けんかしたきゅうけつきと、そのひろいごのいちにち】

そのひもゆうきをほいくえんにあずけて、すとっくしておいたれいとうけつ
えきをすすり、ねむっておきた。
そろそろむかえにいくじかんだ。

あいもかわらずほぼさんはうまそうだ……いかんいかん、ゆうきがせわにな
っているというのに。
むっつりがおのゆうきのてをひき、いつもどおりのかえりみち。
ふと、ゆうきがこっちをむいた。

「……ゆうやはぼくのおとうさんじゃないよね」
「……」
わたしはだまってうなずいた。
「……でも、ぼくはゆうやにおとうさんになってほしい」
「…………?」

わけがわからない。だってわたしはきゅうけつきなんだ。おまけにおくりむかえも
ろくすっぽできないだめななづけおやでそだておや。
そんなわたしのことなどきにもとめずに、ゆうきはきいろいかばんにてをつっこんだ。

「これ」
さしだされたかみのつつ。さっきからつきでていて、なんだろうなとはおもっていた。
うけとって、そっと、ひらく。
そこにはいろとりどりのくれよんでえがかれた…………わたし?

「かぞくのひとをかきなさいって」
「ゆうやがぼくのかぞくかどうか、わからなかったからきのうきいたんだ」
「ちがうっていわれちゃっても、ゆうやはぼくのかぞくだから」

わたしはことばがでなかった。いっしょうけんめいことばをつなぐゆうきがいとおしい。
きゅうけつきは、そのすがたがうつらない。

ああ、わたしはこんなかおをしているのか。

わたしはただいちど、ゆうきをぎゅっとだきしめた。ゆうきのちいさなてのおんどをせなかにかんじる。

ああかみよ、ねがわくばわたしを。
このこのちちおやにしてください。

しあわせなきゅうけつきとおとこのこを、ただだまっててらすつき。
きゅうけつきとしょうねん、きみょうなかぞくがうまれたつきよ。

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