+ ある たびびと の いちにち +

+ menu + + home page +

□ 2 / 68-71 □
【ある たびびとの いちにち】

なんでもできると うわさのおとこを たずねてみた。
ところがおとこは、うわさに はんして なにもしない おとこだった。
ひがないちにち うたおんなのひざで まどろんでいるだけで はたらこうともしていなかった。
あなたは なにができるのか ときいたところ
おとこは いやなわらいをうかべただけで こたえようとはしなかった。

うたおんなは かなしそうなかおで おとこになにかをきたいするなとつぶやいた。
おとこになにかをさせようとおもってはいけない。
おとこはもう じゅうぶんつらいおもいをしてきたのだから。
そのことばのいみは あいにくたびびとにはわからなかった。

まちのひとにたずねてみた。
あのひとにはなにができるのか?
あるまちのひとはおとことおなじようなわらいかたで、なにもできるものかとわらった。
あるまちのひとはほほえんで、なんでもできるひとだ、じぶんのやまいをなおしてくれた、と
なみだをうかべてかたった。
あるまちのひとは、なんでもできるくせに、なにもしない ひどいひとだ と くらいめでいった。

うたおんなのうたを ききながら、たびびとは おとこについてかんがえた。
おとこはなんでもできるが、いまとなってはなにもしないらしい。
おとこはなぜ、なにもしなくなってしまったのだろう。

ひがないちにち、うたおんなの ひざから うごかない おとこのそばに、
たびびともすわってみた。
おとこは まどろんでなどいなかった。
まちをみおろすおかのうえで、じっとそらをみていた。けわしいひょうじょうだった。
うたおんなは ずっと うたっていた。
あかるい うたが おおかったが みょうにものがなしく きこえた。
うたのうまい おんなだった。

ほしをみたことがあるか。
とおかほどかよって、あきもせず おとこのよこにいるたびびとに、ふいにおとこがつぶやいた。
おちてくるあかいほしだ。すべてをうばい、すべてをころすあかいほしをしっているか。
ふるいしょもつにかいてあった、まのほしのことだろうか。
なんねんかごとにやってくる、おそろしい しのつかい。
すべてのいきものの いきをうばうという そのほしのはなしをすると、おとこは うなずいた。
もうすぐおちてくるんだ。いまはだれもしらない。
なぜそれがわかるのかとたびびとはたずねた。おとこはこたえなかった。

なんでもできるおとこには、なんでもみえるのだろうか。そんなふうにおもった。

ほしがおちてくるとみな、しんでしまいますね。
そうだな。しぬな。
なんだか まのぬけた かいわのようにも おもえた。

なんでもできる あなたにも ほしは どうにもできませんか。
そういうと おとこは さいしょのときのような いやなわらいを うかべた。

できるさ。しないだけで。

ほんのすこし たびびとが うかべた うたがいのまなざしに おとこはあざわらった。
できないとおもってるな。それが できるんだよ。おれにはな。

では なぜしないのです。たずねると おとこは きのふれたようにかんだかくわらった。
うたおんなが うたをやめて かなしそうに おとこをみていた。

おまえ おれをみて いくつだとおもう。
おとこは さんじゅうをこえたくらいに みえたので たびびとは そのとおりに こたえた。

おれは ことしで じゅうに さ。

みみをうたがって たびびとが ききかえすと おとこは ひすてりっくに さけんだ。
じゅうに だ。まだ ほんの じゅうに で おれはこのありさまだ。
なんでも できるかわりに おれは なにかをかなえるたび としをとる。
やまいを なおし おちた はしを かけなおし ひとのねがいを かなえるたびに
きがつけば よけいに としを くっていたんだ 
たった じゅうにで!さんじゅうあまりの こんなすがたに なっちまった。

うたおんなが ないていた。なきながら おかのむこうへ さっていった。
そのとき たびびとは おんなが おとこのははであることに きづいた。
じゅうにの こどもと さんじゅうあまりの ははなら
ひざで まどろむことなど あたりまえだった。

ほしなんか おちればいい。
おれの いのちと ひきかえに たすけてやる ぎりなんか なにもない。
しぬなら みな いっしょにしねばいい。おれも それで しぬんだ。

そう いいながら おとこのめは ゆっくりと とじられた。

そうですか。たびびとには それしか ことばがなかった。
もし おとこのことばが うそであっても ほんとうで あっても きっとほしは おちない。
そして うそなら まいにち そらを にらんでいる ひつようは ない。

おとこは いのちを ためているのだ。
きたるべき そのひのために。

なんで なくんだ。

おとこが たびびとに たずねたが たびびとに こたえる すべはなかった。
ただ おとこを とても だいじに おもった。
いとおしいと おもった。

わたしに できることは ありませんか。
そう たずねると おとこは すこし かんがえた。
はじめてなのだろう。ひとから たのまれることばかりで じぶんの ねがいを きかれることなど。

ひざを かせ。ねむい。

たびびとの ひざで ねむるおとこの おさないねがおに くっきりとおちる かげ。
どんな おもいで こんなふうになるまで ひとのねがいを きいてきたのか。
それを おもうと たびびとは かなしくて ならなかった。

まだ じゅうにの こどもなのに。

なんとか たすけるほうほうは ないのかと おもいめぐらしながら
ねむる おとこの くちびるに そっときすをする
ある たびびとの ぼうけんと こいの はじまり

□ 2 / 80-82 □
【ある たびびとの いちにち】

すこしずつ おとこは また としをとっているように みえた
ほしの いちを しるだけでも ちからをつかっているのだ
だるそうに たびびとの ひざに おさまりながら うたおんなの うたを きいているおとこを
たびびとは きょうも いつくしむ めで みつめていた

ああ やっかいなのが きたぜ
ふいに そう おとこが なげやりに つぶやく
ふりむくと いしを てにてに おかを のぼってくる ひとびとが みえた
いやな よかんに たびびとは けわしく そちらをみやった

ひとびとは しんだ めをして くちぐちに さけんだ
はやりやまいが まちを おそい さくもつは しにたえている
なんでも できるくせに なぜ おまえはなにもしないのだ
うらぎりものめ やまいを なおせ さくもつを よみがえらせろ!

かおを しかめる おとこに うたおんなが かばうようにおおいかぶさる
おとこを めがけて とんでくる いしの まえに たびびとはたちはだかった
いしが ほおをかすめ ちがながれた

おろかなまねは やめなさい、たみよ!
このひとが なにをしているのか わかっているのか
あなたたちを まもるために このひとは いのちを けずっているのに

よせ とおとこが こごえで たびびとを とめる
ほしが おちてくることを しらせれば ますます まちは こんらんする
よけいなことを いうことはない

くちびるを かんで たびびとは まちの ひとびとへ むきなおった

このひとを せめても なにも かわりません ふしぎなちからには もうたよれない
ほんとうは さいしょから そんなちからに たよっては ならなかったのです

わたしには かくちをさまよって てにいれた ちしきがあります
やまいなら わたしが くすりを せんじましょう
かならず なおると ほしょうは できかねますが くるしみは やわらげることができます
さくもつが しにたえたなら つよい しょくぶつの たねを さしあげましょう

だから まず みずからで たちなさい
ふしぎなちからに たよるまえに だれかを せめるまえに
あなたたちのちからで!

いしを てにした ひとびとは だんだんと いきおいを うしない
ひざを ついて なきだすひとびともいた

やまいの こどもを だいた おんなが いざりよって たびびとに うったえた
みずからのちからなど あまりに ちいさすぎます
ふりしぼるものは もうふりしぼってしまった それでも
たすけが ひつようなのです どうか たすけて

たびびとは ちからづよく うなずいた ちいさなちからも あつめれば つよいちからになります
まだ できることが あるうちは あきらめてはなりません さあ くすりを せんじましょう
そして さいごまで たたかいましょう わたしたちの ちからで

みずからの ちからで…

おえつしながら あつまってくる まちのひとびとに こえをかけながら ふりかえると
うたおんなの うでのなかで おとこが たびびとをみていた
ちいさく そのくちびるが ばかだな とつぶやいたのが みえたので
たびびとは すこしわらった
みつめあう しせんに たしかに なにかが かよっていた

…どの くちが いえた ぎりだろう
そのよる ほんのすこし じぶんを あざけるえみで たびびとは せきこみ
くちもとからしたたる あかい ちを そっとぬぐった

じぶんも なんでもできるおとこに かってなねがいをたくして やってきたというのに…

なおらないといわれた ないぞうの やまいに なんとかうちかつほうほうはないかと
たびびとは せかいを さまよってきたのだった
そして なんでもできるおとこのうわさに さいごののぞみを たくして たずねてきたが
いまや たびびとの もくてきは もう じぶんのための ねがいでは なかった

どのみち ほしが おちてくるなら みな しんでしまうのだから
だれが いまさら てまえがってな ねがいなど のぞめるものか

おとこの ひとみを おもいだすと むねが あつく もえるようで ゆびさきが ふるえた
たった じゅうにさいのこどもが みずからの いのちを ひとのために なげだそうとしている
その とうとさに くらべれば じぶんはもう じゅうぶんに いきてきた
ひとのためでなく じぶんのためだけに いきてきた

ふるえるゆびさきを つよく にぎりしめ めを とじる
ひとびとのために あのおとこのために わたしには まだ できることが ある
それは なんとしあわせなことだろうか

よがあけ あさもやが たちこめるなか たびびとは めざめ たちあがった
きょうもやってくるだろう おとこにのぞみをたくした ひとびとに ちしきを あたえるために

のこりすくない いのちを もやす ある たびびとと おとこの いちにちの はじまり

□ 2 / 93-94 □
【ある たびびとの いちにち】

うたおんなが しんだ
やまいに かかったことを だれにもしらせず くすりも ほしがらず
くるしそうなようすさえ みせずに ひっそりと ひとりで しんだ

せめてもの たむけに そなえた たくさんの はなのなか うたおんなは ほほえんでいた
おかに たてた はかのそばで おとこは ながいこと うごかなかった

なにもいわずに そばにいた たびびとの ひざで ふと おとこが つぶやいた
おまえ からだが わるいな

みぬかれた と みをかたくした たびびとに おとこは わらった

おれが なおしてやろうか

おどろく たびびとの からだに おとこの ちからが ながれこんでくる
たえがたかった ないぞうの いたみが ひいていくのを かんじて たびびとは あせった

やめて やめてくれ そんなことに ちからをつかってはいけない
ひっしで のがれようとする たびびとを おとこは ごういんに くみしいた

いっただろう ほしなんか かってに おちればいい
しぬなら みな しねばいい!!
おれは もう おまえさえ いれば それでいいんだ

その ことばは あまりに ざんこくで たびびとは かおを おおった
かおを おおって なきながら わらった

ひどい うそだ…

そんなこと おもっても いないくせに
そういうと おとこの てから ちからが ぬけた
おとこも なきわらいの かおで たびびとの かたぐちに もたれかかった
うたおんなの うたが もう きこえない せかいは
このよに たった ふたりしか いないように ひどく しずかだった

ははぎみを たすけたかったのですか まにあうなら なにを すてても
たびびとが そっとたずねると おとこが くるしそうに みじろぎした

おれが どんなに たすけたくても それを ははは よろこばない…
だから ひとりで しんでいったんだ その くすりで たすかる だれかのために
いたいのも くるしいのも みせずに

たびびとは ほほえんだ

なら わたしも おなじです
…おなじに してください

おとこが こえもなく なくのを だきしめて たびびとは よぞらを みあげる
ないぞうの いたみは やわらいでいて それを つみのように かんじながら
もえながら おちてくる ほしを おもった

もう きくことのできない うたおんなの うたが みみの おくで かすかに ながれていた

ある たびびとと おとこと ねむれぬ よるの はじまり

□ 2 / 111-114 □
【ある たびびとの いちにち】

おちてくるほしは もう めでみえるほどに ちかづいていて おとこは ますますおいていった
かおに しわが めだつのを うっとうしがる おとこに すてきですよ と たびびとはわらった
たびびとの いのちも つきかけていて もう おかから うごくことすら できなかったので
ばか とぶっきらぼうに こたえる おとこの こえも もう あまり きこえなかったが
それでも きみょうに たびびとは しあわせだった

おかの ふもとで やまいに おかされた ひとびとは すくなくなりつつあった
さくもつも ほそぼそと みのりはじめ むらは よみがえっていくようだった

あとは おわりを まつだけだった

くるぞ
あるひ おとこが ちいさく つぶやいた
くちびるの うごきで たびびとは それを さっした
そのときが きたのだ たびびとは うごかない からだを おして たちあがろうとした
ひとりで おかのうえに むかおうとする おとこに ひっしで すがる

さいごまで あなたの そばに いたいのです
どんな おわりを むかえたとしても あなたの そばに

こえに ならない こえで うったえる たびびとを
おとこは あきれたように わらって だきあげた
おまえは ほんとに ばかだな

ばかで かまいません たびびとは わらった
その かみを おとこが くしゃくしゃと なでた

そらが みわたせる おかの いちばん うえの たいぼくに たびびとを よりかからせて
おとこは せまりくる ほしに むかって うでを のばした
その からだから ひかりのように あふれでる ちからが たびびとには みえた

みるまに おとこの しわがふえ せすじが まがっていく
おとこから ぼうだいなちからが あふれているのが わかる
その ちからが まばゆく またたいたとき
すこし おくれて このよの おわりのような すさまじい おとと
しょうげきが ちじょうを かけぬけた

つんざくような おとと かぜが たいぼくを おおきく ゆらす
きに すがって しょうげきに たえた たびびとが めを こらした そのさきに
しんじられない こうけいが ひろがっていた

おかの うえから みえるかぎりの ほしぞらの なかを
いくすじも いくすじも よぞら いっぱいに ほしが ながれていた
まるで ふりしきる ぎんいろの あめのように うつくしい こを えがいて
それは ゆめのような けしきだった

くだけた ほしが もえおちているんだ

かみが しらがだらけになり しわだらけに なってはいても まだ
しっかりとしたくちょうで おとこが いった

もう ちじょうに おちてくる ことはない

ゆめみるようなひとみで たびびとは きに よりかかったまま そらをみていた
せかいは なにごともなかったかのように しずかで そらばかりが うつくしく
おとこが せかいを すくったことなど だれも しることは なかった
けれど それは じぶんさえ しっていれば いいことだと たびびとには わかっていた

では あなたは まだ いきられるのですね

たえかけた いきのしたから たびびとが ほほえんで ささやくと
おとこは ふりかえって こたえるように めで わらった
なにげないような しぐさで かおを よせ たびびとの くちびるに くちびるを おしあてた

ほほえんだ たびびとの かおが あおざめる

くちびるから ながれこんでくる おとこの ちからが どんどん いたみを けしていく
いつかの よるとは まったくちがう それは ほんきの ちからで
めを みひらいて おとこを みると おとこは みるみるうちに おいていった

おさえつける ちからが あまりに つよくて のがれることもできずに たびびとは
ふりこぼれるように なみだを ながして くびを ふろうとしたが おとこは ゆるさなかった
そうして くちびるから さいごの ちからが ながれこんだとき
おとこの からだは ふしぎな ひかりに つつまれて とけるように きえようとしていた

まぶしいひかりに めを やかれ たびびとが なきながら てをのばした

いっただろう

ひかりの なかで おとこの くちびるが かすかに うごいて まんぞくそうに わらった
いたずらに せいこうした こどものような えがおで わらった

おれは おまえさえ いきていれば それで いい

のどがさけるほどに おとこの なを さけんだ その こえは とどいたのだろうか
めのくらむような まばゆい ひかりが いっぱいにひろがり たびびとは かおを おおった

どれくらい たったのだろう
いしきを とりもどした たびびとは ながれる なみだを ぬぐいもせず
しょうげきで えぐられた つちの なかを ひざで すすんだ

おとこの ふくが そのままに おちている
おとこの すがたは どこにもなかった

おそろしいほどの せいじゃくの なかで ふるえながら
たびびとは その ふくに てをのばした

そのとき ばちがいに おおきな なきごえを たびびとは きいた

ふくの なかで ちいさな はっぱのような てあしが じたばたと もがいている
あわてて ふくを さぐると うまれたばかりのような あかごが かおを だした
まっかなかおで はりさけんばかりに せいいっぱいのなきごえを あげて
どんな けがれも くるしみも しらないような すがたで そこにいた

ああ

ひとこと さけんで たびびとは なみだにぬれたかおを あかごに よせた
みたこともない かみに いのりを ささげた

どうか これからの あなたには たくさんの しあわせを
かかえきれないほどの しあわせと あいを
そう ねがいを こめて ふしぎそうに なきやんだ くちびるに くちびるを よせた

ある せかいの かたすみの だれも しらない あたらしい はじまりのひ

+ menu + + home page +

【ある○○のいちにち】in 801 since 2004/5/15