あるそのほかのひと の いちにち 3

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□ 21-27 □
【ある さぽーたーの いちにち2】

おれの おもいびとは おに になる
おには おにでも ひとをたすける おにだ
そして おれは おにになる おとこを さぽーとしている



おとこの けいたいでんわが なった
おとこは でんわのはなしを きいているうちに いつになく
しんみょうな ひょうじょうになった
そして でんわを きると おれのほうを むいた
「まずいことに なった」
――――あいつらの おやだまが でた



あいつら は ひとをくう
ひとをくって やまを あらす
おには それを たいじする
なんびゃくねんもまえから くりかえされえきた ことだった
しかし



「ごひゃくねんまえにふういんされた やつだってよ」
けたがちがう
このために かくちに ちらばっている おにが
かんとうに そろうことになるだろう
そうしなければ しずめられない
そして あいつらは おにを ころしにかかってくるだろう
じゃまな ものとして
ひとを はらいっぱいくうために じゃまな おにを ころすだろう



おとこが てまねきをして おれをよぶ
「たたかいの じゅんび するぞ」
「はい」
こえが すこしだけ うわずった
だいじょうぶだ なんねんも このおとこについてきた
なんど たおれても おとこは ふっきした
わらって「しんぱいかけたな」と いって
おれのてを しっかり にぎって くれた
だいじょうぶだ


ひつようなものを そろえ くるまにつめこむ
たたかいにでる しににいくのではない
ひとを たすけるために いのちをはる
そのおとこを おれは
「なぁ」
「はい」
へんじをして みあげた おとこは わらっていた
きんちょうかんのない へらへらとした かおになっていた



「おぼえてるか」
「なんですか」
「はつもうで」
「あぁ…はい」
「かみさまが まもってくれる」
「なんですか それ」
「でも、もしかしたら かみさまがのたすけ いらないかもな」
「はぁ」
「だって おれは おまえを かならずまもるし
 おまえは おれを ぜったい まもってくれるだろう?」
「………」
なんてことを いうのだろう
 

「だいじょうぶだから そんなにおもいつめたかお しないほうがいい
 おまえ わらってるほうが いいよ もしくは おれのこと おこってるほうが いい」
ほほに おとこの かたいゆびがふれる
こわばった きんにくをほぐすように しずかに じっと ゆびはおしあてられた
おれは ふかくにも ことばが でてこなかった
あたたかいゆびが おれの いちばんやわらかいところを どうしようもなく えぐっていた
ただ まもられる だけではない
ただ まもる だけではない
その あたたかさは
おそらくは たましいを そのまま きずつけることなく いとおしむ ということなのだ



おれは おとこのてくびにふれ そっとおした
きそくただしい みゃくが ながれている
たったそれだけのことに ばかみたいに こころが うごかされた
「…そうですね」
いきを はきだしながら そういうと おとこは まんめんの えみになった
「あんまり へらへらしてると いちばんとしうえなのに ばかにされますよ」
「もう おまえに ばかに されてるよなぁ?」
「…あと はんごろしの めにあっても たすけに いきませんから」
「ええー」
くちでは ひなんしていながら そのかおが さきほどのように
しんみょうなひょうじょうに なることはなかった


「よし いくか」
おとこは げんかんにおいたにもつを もちあげた
しかしそのからだは これから たたかいにでるみだ だから
「にもつなら」
おれが もちますよ といおうとしたら おとこはあいたてで おれのえりを ひきよせた
そして
「…」
「きりびより こっちのほうが やくばらいに よさそうだ」
おれのくちに あっさりと じぶんのそれをかさねあわせて またへらっと わらった
とりあえず おれは おとこに みぎすとれーとを だした



くるまのなかで おとこは ほほがいたい と わめいていたが しったことではない
「げんかんさきで あんなこと しないでください」
「だって おまえと ちゅーしたかったんだもん」
「なぐられたいんですか それとも おれに なぐられることによって たたかいから
かいひ されようとでも おもってるんですか」
「…いじわる」
「いまごろ きづいたんですか」
「そうだな いまごろ だな…まだ おれの しらない おまえが いるのかなぁ」
「いますよ」
「えっ」


おそらくは このおとこが おれを おもうよりは おれは このおとこを あいしていることだとか
「おしえませんけど」
「たたかいおわったら おしえてくれる?」
「しりたいなら」
「あばいてやるさ」
うんてんちゅうだった だから おれのかおを かくすものはなかった
おとこは おれのほほにも くちをよせた
「…なぐれないんですよ」
「あとでいくらでも なぐられてやるよ」



たわいのない やくそくだった おれは おとこに しょうじきなじぶんをさらし
おとこは おれに なぐられるために かえってくる
だが じゅうぶんだった



どあをあけ あいつらが はびこる あれちを とおくにみる
かちん かちん と ひうちいしを ならすと おとこは その ひばなから
ひをもらいうけたように おにになった



「そんじゃちょっと いってきます」
「せいぜい がんばって きてくださいね」
おとこは おにのかおだったが おそらく わらっていたことだろう
かけだすと みるみるうちに そのせなかが ちいさくなった



これが さいごの たたかいに なるはずがない
それなのに どうしてからだが ふるえる
だいじょうぶだ
おれは あのひとを しんじている
そうして かえってきたならば かならず いうのだ

あなたのことを あいしていますと


ほんとうは これから ながいいちにちが はじまることをまだしらない
あるさぽーたーの おはなし

・2スレめからのけいぞくにっきです。>>784-788

□ 30 □
【ひとりになった あるおとこのいちにち】

せまいへやのなか、しせんをよこにすべらせると、
そふぁがめにはいる。
むいしきに、そこにいつもいたはずの
すがたをもとめてしまう。
そのことにきづいておれは くしょうをもらす。

いなくなると、きみの そんざいかんにあらためてきがつく。
いっしょにすんでいるときは、しょうじきいって
いやなやつでしかなかったけれども。

めしをたべるとき、てーぶるのよこに
こしを おろしてきょうはくしてきた。
すとーぶをつけると、よこに わりこんできて
まえの とくとうせきのうばいあいになった。
あけがたになると、おれのべっどのよこにきて
めしをくわせろとむごんできょうはくしてきた。
そのくせ ねるときは、ひとりでねむれないと
そいねをきょうようしてきた きみ。

しばらくしたらきみのもとへといこう。
かれのもとでなじんだきみをみにいこう。
みつけたときは ずぶぬれでみすぼらしかったきみが、
あたたかなへやでしあわせそうにしているさまを
からかいにいこう。

そうこころにきめる、きのうまでのねこのほごしゃのよふけ。

□ 63-64 □
【あるおとこのいちにち】

さいげつは ひとをかえるという。
そんなことは いわれなくってもわかっている。
そしてじかんは、だいじなきおくですら ときにむにすると。
それもよくしっている。
しかし、わたしはここでまっている。
あいもかわらず きょうもさむい。ふりつもるゆきが、
えきのほーむのりんかくをかくす。
きょうはじゅうねんまえに、あのひととやくそくをしたひだ。

たびだつでんしゃのまえで、あのひとはいった。
じゅうねんご、ふゆがはるにかわるといわれているひ、
このじかんに、このばしょであおう。
たとえ このみにいだく ゆめがかなわなくても、
おもいが みのったとしても、
おれは、ここへとかえる、と。
まだちゅうがくせいだったわたしには、
こうこうせいのあなたの つよいけついを
ひきとめるだけのことばなどおもいつくはずもなく、
ひきむすんだくちもとを、ただみあげていることしかできなかった。

あれからじゅうねん。
わたしのすむいなかでは、とかいのじょうほうなどてにいれられず、
あなたがどうなったかなど わかるはずもない。
きせつだけは はるになったのに、まだまだゆきはやむけはいすらない。
しろくおもく、くろにつつまれたせかいへとふりつもる。

またでんしゃがいっぽん、ほーむをたびだっていった。
もうすぐ さいごのでんしゃがここにくる。
やくそくのじかんは とっくのむかしにすぎた。
むねのなかが ときおりつららがささるようにいたむ。
このいたみは、あのひとが たびだつのをみおくったしゅんかんの、
わたしのこころにしょうじた かんじょうににている。
あのときはりかいできなかった、あまずっぱいおもいが
とおいきおくとともによみがえる。

ときおり、まちあいしつにもどって からだにかんかくをもどしながら
わたしはでんしゃのくるのをまっている。
さいごのでんしゃがくれば、わたしのじゅうねんはおわるのだろう。
そのあとにはきっと、おおきなかたまりがのこる。
そのかたまりがきえるのは どれくらいさきのことだろうか。

わかるはずもないことをかんがえながら、くらやみにあかりがしょうじて
でんしゃのかたちがうかびあがるのを じっとまつ、
そんなおとこのよる。

□ 74 □
【あるじんもんかんのいちにち】

つねになくかたいひょうじょうの わたしのかおをみるやいなや、あのひとはそういった。
このひとのくちから いみのあることばがでるのはひさしぶりだ。
なぜなら、わたしはこのひとを ながいあいだかんきんし、
きびしくなる とりしらべとせめに こころをとざしたこのひとは
なににたいしても はんのうをかえすことをしなかったから。

このひとは、わたしのくにと てきたいする あるしょうこくのさいしょうだった。
せんじょうにて とらえられたこのひとは、しっていることをすべて はきださせるために
じんもんかんたるわたしのもとにあずけられていた。

うつむくわたしをみて、あのひとはいちど、ひとみをふせた。そして

「もう、わたしがここにいるいみは、なくなりましたね」

というと、すがすがしいほどのはれやかなえがおをみせた。

みをみたす はいぼくかんに、たちつくすわたしをしりめに、
あのひとはまどべへとむかう。
とちゅうよろけてかべにてをつくが、すぐかたをおこしてまどべにたち、かーてんをあける。
やせたからだのせんが、うすぐもりのそらからわずかにさすひになぞられる。
わずかにさすひにてをさしのべた。
ほこりにみちたこえが、しずかにあいするくにのなをきざむと、
おとこのからだはぐらりとゆれ、ゆかへとたおれふした。

うしなってみるまでりかいできないきもちがある。
にんむをまっとうするためにとらえたおとこが、
いつしか じぶんのこころまでとらえてしまったことにようやくきづいた、
そんなじんもんかんのひるさがり。

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